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カテゴリ:民神( 4 )
【神宮】伊勢神宮
今更ですがこの前、行ってきた伊勢神宮について。


伊勢神宮は、【皇大神宮】と、【豊受大神宮】、そして別宮などの125社神社を合わせた総称です。お参りの時は外宮へ先に詣で、そして内宮へ詣でるのが習い。

【皇大神宮】というのが、有名な【天照大御神】をお祀りするお宮で、一般的な呼称は【内宮】。
別宮としては、【荒祭宮】【月讀宮】【瀧原宮】【伊雑宮】【風日祈宮】【倭姫宮】があります。
中でも【荒祭宮】は今回私が特にお参りしたかったお宮で、【天照大御神】の【荒魂】を祀るお宮です。大きな"事"を起こす際にはお参りすると非常にご利益があるとされていて、過去には徳川家康なども恩恵に授かったと言われています。今、痛切に、ご利益が出ればいいなと思ってたり・・・。神様相手にゲンキンですが。
かの三種の神器の一つで、天照大御神が天岩戸へお隠れになった際に、外へ引き出す為に使用されたという八咫鏡もここに祀られていて、
これは、天孫降臨の際に、【天照大御神】から自身だと思って祀るようにと賜ったものだそうです。
また、八咫鏡は諸説あって、現在、本物の所在は定かではありません。

【豊受大神宮】というのが【外宮】にあたり、こちらは食べ物や産業の神様です。
【天照大御神】の食事を司るために丹波からお迎えされた神様で、【多賀宮】、【土宮】、【月夜見宮】、【風宮】の別宮があります。、中でも、【月夜見宮】は僕が大好きな、【夜之食国】を治める神、ツクヨミを祀るお宮です。スサノオとアマテラスの兄弟であり、日本神話のトライアッドの中心を占める、有る事に意味がある、といわれるくらいの無為の神様です。



//writing
おかげ参りなど。
今夜はもう寝るので後日追記



*伊勢神宮の公式HP
【伊勢神宮】(公式HP)

*元気が出るMAD
【ニコ】SKILL(DBZ/マ人ブウ編MAD)
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by ritzia | 2008-03-11 22:11 | 民神
【謡】かごめかごめ
自分より若い世代の子がどれだけ知っているだろう。
意味深な歌詞と耳に残るメロディー、この歌と共に行われる遊戯の内容を取り上げて、
TVや雑誌等でもたびたびオカルト調に特集されているようではあるが。
現在に伝わっている歌詞は以下の通り。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀がつっぺった
後ろの正面だあれ?

つっぺったの部分に関しては、滑った、と伝わっている事が一般に多いようだが、
私が聞き習わしたのはこちら。
茨城の方言では使う事がある事を確認したので、聞き間違いではないようだ。
場所によって多少違いはあるものの、水場が絡むとつっぺったと言う事が多い様子。
"鶴"も"亀"も水場が似合う。つっぺった、と歌うのもあながち悪い語感でもない。
そもそも、今の今まで、"つっぺった"が方言だと気づいていなかったのだが。
なまじ現代の東京に住んでいるから、使ってる言葉が標準だと思い込む節があって、
方言もそれだとは意識出来なくなってしまっているその典型かもしれない。
言われてみれば聞かないな、と思うが、茨城の知人の量は薄い。私の髪くらい薄い。
何処から仕入れて来たのか不思議ではある。
ちなみに私は静岡、鳥取、広島あたりの方言が入り混じった怪しいエセ方言を話す。
酒が入って"饒舌なターン"が来るともう何処の生まれの人だか全くわからない。
普段はどちらかというと聞く側で、そんな所が見られたら珍しいのですが。
そんな時は余程心を許しているのだと思って我慢してあげて欲しい。
頑張って聞いてやって下さい。よければ貰ってやって下さい。
誰か愚痴聞いてよ、もうIRCでセンスの欠片も無いバカな事言うのも疲れたよ。
ボクって一体何なのさ、桃太郎の何なのさ、邪気癌発動しそう('∀`)
変なのが出た、今はこんなものは置いておいて。

さて、曖昧である分に比例して、歌の内容についての解析の自由度は高くなる。
当然、地理やら何やらを細かく計算した説が生まれたり(ギザの三大ピラミッドを思い出して頂ければ良い)、どうでもいいようなネタ交じりの説が生まれたり、オカルト、他国の文化を引き合いに出すもの、言い出した本人にしか理解出来ないようなものまで・・・
暗いイメージの解釈の割合が多い事に関しては、現代主流に広く知れ渡っている詞の展開部分に使われている語句が、"めでたいものを示す語"(夜明け、鶴亀)と"それを否定する語"(晩、滑った)から成っている傾向がある事に起因しているように感じる。
これらがこの歌の根底に流れる気を決定付けているフレーズである事は違いないのでは。

特に一般に広く知られているものとしては次のものを扱った歌だという解釈がある。

・徳川埋蔵金
 (よくあるネタ、鶴亀を根拠に使用したりもしているようだ)
・囲われ女
 (個人的には一番しっくりくる。正に籠の中の鳥。後ろの正面を付け足しても違和感がない。)
・遊戯先行
 (流れとしては非常に現実的だと思う。それにしてもこの遊戯のオニって地味だ・・・
  こういう状況のオニが出てくるような伝承は無いのだろうか。)
・豊國廟の取り壊し事件
 (突飛な気もするが、無くもない感じ。風刺的な意味合いを持たせて詠ったのだろうか。)
・嫁姑の陰惨な争い
 (非常に恐ろしい。身ごもった嫁を蹴り落として流産させた、というような意味。)
・間引き
 (つまり、子供減らし、口減らし。)

また、"鶴と亀が滑った""後ろの正面誰?"は、明治、大正以降に後付けされたものだと言われている。
これは、江戸時代の書物など、昔の記録に以上の語句が見当たらないからだそうだ。
という事は、正確に起源を論じる際には、マメとして抜いて考えるのが正しいのだろうか。
現在よりも明治大正の頃のほうが、まだ元の成立にも近い時代である事から、
後付けの歌詞メロディーにも、今でははかれぬ原初のニュアンスが汲まれている可能性、
或いは、不都合な内容を隠蔽する為に付け加えられた語句である、とも考えられなくはないが・・・
いやいや、後半の2節こそが"結"であって、書物などではこれを明らかにしないことで全体の意味を隠していたのかもしれず、実際は詞としてはここまでで一連だった可能性も否定は出来ない。
そう考えると世の権力者に対する風刺詩だと解釈する余地が無いとは言えない。
・・・ああこれではテレビの特番ネタのようだ。
"否定できない""余地がある"の集合。
見世物としては最適だが、もう一歩踏み込めなければあまり建設的とは言えない。

矢張り、今伝わっている詞そのものが原初のものからは遠くなってしまっている、
とするのが一番理に適っている、と考えた。
そこで少し、柳田翁の説を扱っているサイトを基点にしてブラウジングを試みた。
ここで、つっぺった、がやっと理解出来た。
江戸時代の頃に書かれた文献では、"つっぺぇつた"や"つっはいた"なのだ。
"つっぺぇつた"が元であり、何処かで滑ったとなったともいえる。
恐らく、私の記憶しているかごめかごめ、は何かの本で紹介されていたものを読んだのだろう。
知られている、研究されている古い書籍には以下のものがあるようだ。
中でも竹堂随筆と幼稚遊昔雛形には、"なべぬけ"のフレーズが含まれているという。
"なべぬけ"フレーズを入れるとメロディはどうなるんだろう・・・?//writing

・竹堂随筆
・四方のあか
・戻橋背御摂
・月花茲友鳥
・幼稚遊昔雛形
・俚謡集拾遺


ルーツを辿ることに関して最も確実な事は、
この歌について記した現在未発見の書物でも出てこない限りは、
皆が望むような決定的な解決は望めなさそうだということだ。
ただ、矛盾ではあるが、『解決されてしまっては面白くない』と思う気持ちは非常に強い。
この余白がある限り、また突飛な面白い説が出てくる可能性があると言えるのだから。
非常にメジャーだが、それを越しても面白い題材なのだ。
私は都市伝説によくあるような、現在の言葉を幹に据えた考察は言葉遊びであると思っている。
遊戯に使われる詞を元にした言葉遊び。
何やら面白い構図だなぁ、と思う。
やはり、意味深な歌詞と、時代をまたいで伝わって来たものだからこそ埋まれる余白が、
この遊びの醍醐味を作り出しているように感じる。
だからこそ、『本来の形、どのような必要性とともにこの遊戯や詞が生まれたのか』
が知りたいと思うと同時に、『この遊び場を壊して欲しくないな』とも非常に強く思う次第なのだ。

特に、歌詞の変化が意図して加えられたものなのか、ただ単に、
遊び歌等にありがちな聴覚先行で伝言的に言葉が変わって来て今の形になったのか、等。
こんなに短い歌の中に、なんという可能性が秘められていることか。
『"白鯨"の中に聖書の一節が隠されている』、なぁんて言われても、"ふぅん・・・"だが。
あ、いや、何にせよ私はそれを見て楽しむだけなので偉そうな事は言えないのだけれど・・・
自分ででっちあげようにも出尽くした感があって、面白い説が少しも考え付かないのが残念だが。
『地球滅亡を歌ったものだ』とかありがちでいいと思うんですけど、
面白いと思うにはでっち上げなりの根拠がしっかりしてないといけない訳ですよ。
時代の移り変わりと、言葉の遷移を結びつけて、
誰かによって操作され、末世が近づいて来ると共に、語句も歩調を合わせて変えられて来た・・・とか。
どちらかというとでっちあげ先の分野に精通していないと、面白い説にはならない。
・・・ぶち上げ側になる才は今のところないようだ。


ちなみに"かごめかごめ"、広辞苑には以下のように紹介されている。
児童の遊戯の一。
屈んで目を塞いだ一人を籠の中の鳥に擬し、周囲を他の数人が手をつないで歌いながら回り、歌の終わったとき、中の者に背後の人の名をあてさせ、あてられた者が代って中にうずくまる。


【more】ただ、何のかのと言うても
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by ritzia | 2007-12-13 00:51 | 民神
【歌】逆歌
サカウタ、と読む。
俳句が5/7/5であるように表現するならば、サカウタは8/8/8/6が基本の形だそうだ。
集落の間での争い事において、決着を付ける一つの争いの形としても存在した。
表現や含意には死後の世界や奇異異常を思わせるものが盛り込まれ、その歌われた言葉の言霊によって相手を呪う事を目的として謳われた。

また、自らにかけられた呪いを無効とするには、これを否定する言葉、言霊を込めた歌を詠む必要がある。
これを、返歌、ケーシと呼ぶ。

"サカウタ"、"ケーシ"は、徳之島民俗研究家松山光秀が発見し呼び習わしたもので、
以下は松山光秀の論文"徳之島「口説」の世界"の要約。
サカウタは歌掛けの相手に呪いを掛けることが出来る歌のことである。サカウタを掛けられると霊力が弱くなりついには死に至る。故に他集落では無闇に歌掛けをしてはならない。

銃や刀の類を使わずとも、黄泉路垣間見えるやり取りは出来るのだ。
当時に他集落で忌み歌詠もうなら、それは現代の池袋六つ又交差点で拳銃をぶっ放すのと何ら変わりない事であったのかもしれない。

言葉には言霊があり、言霊には現実に現象を引き起こす力がある。
サカウタは、未知の力を願い込められた"言葉の譜面"であり、近代日本に於けるガルドル、ルーンであるとも言えるのではないか。
今よりも言葉の力が大きかった時代には、詩、謡の才を持った人間は一目置かれ、恐れられる存在であったのかもしれない、そう感じさせられる風俗。

徳之島「口説」の世界
松山光秀
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by ritzia | 2007-12-11 21:29 | 民神
【叙事詩】ニーベルンゲンの歌
(::Note)
日本語に訳してあってもこんなにテンポ良く引き込まれるのは凄いこと。
物語のフィールドも非常に広く、空間把握能力と知識の足りない自分では、登場する国々の位置をイメージするだけでも骨が折れる。
ライン川を軸に据え、ネーデルラント、ヴォルムス、アイスランド、フン族の国まで。
参考地図(無限空間2号館)
ジーフリトのモデルになったのは、北欧伝承の英雄、シグルズ。
元となる伝承とは異なり、時代背景柄、オーディンやウァルキューレ等を仄めかすような記述は無く、キリスト教を主なバックボーンとして展開される。
物語の前半と後半で基調が大きく異なり、


//本編で語られない、前提となるファクター
・ ジーフリトの竜退治=シグルズのファフニール退治(こちらは竜ではなくワーム)


//フン族の王エッツェル
・ ジーフリトの死後、クリエムヒルトに求婚し、彼女に復讐の為利用される。
・ ブルグント族を滅ぼし、フン族の王であったという点ではアッチラがモデル。
・ エッツェルの居城の位置との一致、異教(キリスト教徒)の妻を迎える点においてシュテファン(イシュトヴァーン)王がモデル。


//宝剣:バルムンク
・ ジーフリトの持ち物である名剣。
・ ニーベルンゲン族のいざこざに介入してニーベルンゲンの宝を奪った際に手に入れた。
・ 北欧伝承における魔剣グラムに相当するのだろうか。
・ トロネゲのハゲネがニーベルンゲンの宝をライン川に沈めてしまった際に彼の手へ移る。
・ 最終的にバルムンクによってハゲネは首を討たれる。


//他
・ ライン川は男性名詞/ドナウ川は女性名詞
・ 良く知られる、ニーベルングの指環は、北欧伝承のシグルズを主題にしている。
 元ネタとしては同じようだ。
・ 実在の人物や事象をモデルとして描かれたストーリーパーツが多い事から、明確に、物語の現場が実在する。
・ ニーベルンゲン街道、ジークフリート街道なるものもある様子で、観光ルートとして整備されているようだ。 機会があれば行ってみたいが・・・


[ニーベルンゲンの歌/岩波文庫/相良守峯訳]
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by ritzia | 2007-11-16 23:07 | 民神

このBlogには個人的な見解が多分に含まれる予定です。

何かありましたら念力でどうぞ。

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